モラハラ罪は可能か?

 近年、日本でも職場や夫婦間でのモラル・ハラスメント(モラハラ)の問題が認識されるようになっています。モラハラは、身体に対する暴力とは違い、言動による他人への嫌がらせです。職場でのモラハラは民事責任に問われることがありますが、しかし現在の日本では、モラハラそれじたいを刑事法上の犯罪として処罰するまでには至っていません。

 これに対してフランスでは、モラル・ハラスメントを犯罪として規定しており(モラハラ罪)、その対象範囲も拡大してきています。まず職場での従業員に対するモラハラが犯罪として規定され(2年以下の拘禁・3万ユーロ以下の罰金)、次いで(元)配偶者間またはパートナー間でのモラハラ罪が設けられました(3年以下の拘禁・4万5千ユーロ以下の罰金)。現在ではより一般的に、他人の心身の健康に変調をきたし生活の質を低下させるような言動を繰り返し行うことが、犯罪とされるに至っています(1年以下の拘禁・1万5千ユーロ以下の罰金)。

 しかし、物理的な暴力とは異なり、人の言動を「精神的な暴力」として犯罪とすることには問題もあります。心身の健康に変調を来した原因が、本当に他人の言動にあると言えるのかの判断は難しいでしょう。モラハラ罪の成立要件をあいまいにすれば、モラハラを広く処罰することはできますが、その反面、処罰範囲の拡大にもつながりかねません。実際、フランスでもモラハラ罪の成立要件は漠然としているという批判があります。日本でもモラハラ罪を新設するのであれば、それが処罰範囲を適切に画定できることが要求されるでしょう。

 元夫婦間でのモラハラ罪の成否について、最近、フランス最高裁である破毀裁判所は、興味深い判断を示しました。

 事案は、元夫が元妻の職場の同僚に夫婦間の係争に関わる文書を送り付けたこと、さらに娘の友人たちにSNSなどで家族の紛争についてメッセージを送ったことがモラハラ罪に問われた、というものです。元妻との関係では配偶者間モラハラ罪が、娘との関係では一般モラハラ罪の成否が問題となりました。

 日本の高裁に相当する控訴裁判所はいずれのモラハラ罪の成立を認めましたが、破毀裁判所は認めませんでした。その理由は、第一に、元夫の行為に「反復性」がなかったことです。モラハラ罪では、嫌がらせ行為が「繰り返し」行われたことが構成要件となっていますが、この事案では元夫が元妻の同僚に文書を送り付けたのは1回だけでした。1回の言動で「心身の健康に変調をきたし生活の質を低下させる」ことは考え難いので、時間の経過を要求する意味でもこの「反復性」要件は不可欠でしょう。破毀裁判所は条文を文字通りに適用しました。

 第二に、元夫の行為と娘の健康状態の変調との間には因果関係が認められないとされました。元夫の行為は、娘に対してではなく、その友人たちに向けられていたので、娘に対する直接的な行為ではないと評価されています。身体への暴力と比較して考えると、「直接性」要件を要求することも不当とまでは言えないでしょう。

 刑罰は謙抑的に用いられるべきである以上、「反復性」「直接性」など処罰範囲を画定する要件の設定は必要でしょう。今後日本でモラハラ罪の導入が検討されるとき、先行して導入したフランスの法律や運用は参考になるかもしれません。