「国際的な子の連れ去り」講演会

 先日、大阪弁護士会館での講演会「国際的な子の連れ去り:連れ去り・再統合が子に与える影響、及びハーグ条約手続における子供に関する研究」(外務省・大阪弁護士会共催)に行ってきました。講師は、家族法政策実務国際センター共同代表および英国ウェストミンスター大学教授のマリリン・フリーマン(Marilyn Freeman)氏です。講演会には、弁護士だけでなく、国際私法や子の連れ去り問題を専門とする著名な研究者も来られていました。

 フリーマン氏は、家族法・家族政策を専門とする法律家(弁護士)ですが、連れ去りがもたらす子どもに対する影響についての研究も発表されています。講演では、連れ去り経験のある子どもの10年~30年後における面接により、幼少期に片親に連れ去られた当事者の声を多数紹介されていました。

 フリーマン氏らの調査結果によると、約74%の面接者が連れ去りによって「極めて重要な影響があった」とされ、アイデンティティの危機、安心感・自尊心の喪失、心を開けない、人格破壊などの精神衛生上の問題が見られるとのことでした。そして、子どもへの影響はすぐに表れるのではなく、大人になって気づくことが多いことから、長期に及ぶということです。

 さらにフリーマン氏によると、連れ去り(abduction)は子どもに悪影響を及ぼすが、同時にその後の再統合(reunification)においても子どもに影響を与えるそうです。というのも「連れ去られた子どもと子を連れ去られた親は、離れていた期間にお互いのいない生活をやり過ごせたことを双方とも認識しており、お互いを必要とする確信を失っているため」です。これはなかなか鋭い洞察ですが、悲しい事実だと思いました。このような確信の喪失は、引き離し期間が長いほど妥当するでしょう。ハーグ条約が6週間以内という早期の連れ戻しを原則としているのは、連れ去り後の現状の固定化を回避して、できるだけ早く元の状態(原状)に戻すのが良いという考えがあるからなのでしょうか。

 フリーマン氏は最後に、連れ去りの体験は「連れ去られた子ども、その両親や家族の人生を必然的に変えてしまう、おそらく一生涯にわたって」と締めくくっています。そのためには、防ぎ得る連れ去りは防ぐべきこと、ハーグ条約手続では子の意思をきちんとくみ取ること、連れ去り後の子どもに対するサポートが必要なことなどの提言をされました。

 実は、フリーマン氏の調査対象となっていたのは、国際的な子の連れ去りの事例ではなく、イギリス国内での連れ去り事案です。しかし、子どもの視点に立ってみれば、連れ去りが国内に留まるか、国境を越えるかはそれほど重要な問題ではないでしょう。彼女が国内事案と国際事案とを区別しなかったのも、子どもの視点に立っているからだと思います。

 ハーグ条約実施の責任機関である外務省は子の連れ去り問題に徐々にですが取り組みつつあるようですが、一方で、国内での子の連れ去り被害について法務省や裁判所はどのような対応をとるのでしょうか。連れ去りは良くないこと、子どもに影響を及ぼすということは、いまや国際的にも自明のことだと思いますが(もちろんやむを得ない場合もあるでしょうが)、日本の裁判実務では離婚後単独親権制度の影響もあり、いまだ「先に連れ去った者勝ち」という実務が横行しているようです。「子の連れ去り」という大人のゲームに翻弄されるのは常に子どもである、ということを、そろそろ真剣に考える時期に来ていると思います。